富山地方裁判所高岡支部 昭和31年(わ)207号 判決 1959年4月30日
被告人 吉田知則
明四一・二・六生 会社重役
田谷昌太郎
明三六・三・一二生 不動産売買周旋業
主文
被告人吉田知則を懲役一年に
被告人田谷昌太郎を懲役八月に
各処する。
但し、本裁判確定の日から三年間右両名に対する刑の執行を猶予する。
押収にかかる委任状(証第十六号)一通の偽造部分はこれを没収する。
訴訟費用は被告人両名の負担とする。
昭和三十二年四月九日附起訴状記載の公訴事実については被告人両名は無罪。
理由
(罪となる事実)
被告人吉田知則、同田谷昌太郎は昭和二十六年十月十日、物品販売を目的とする高岡市白銀町十三番地所在の丸安物品販売株式会社の設立と共にその取締役に就任し、被告人吉田は同年十二月十九日代表取締役に転じ、同会社は同二十七年六月十一日商号を寿陽相互株式会社に、同二十八年七月一日目的を金融業に改め、被告人田谷は同二十九年十月二十五日その代表取締役に就任して同三十年一月三十日迄その地位にあり、同会社は、同三十年二月十一日商号を更に高興相互株式会社に同三十一年一月三十日本店を同市大坪町二丁目一番地にそれぞれ変更したものであるが、
第一、かねて「自由軒」という名称で飲食店営業を営んでいた福富善次は被告人両名が代表取締役であつた前記寿陽相互株式会社およびその他から多額の金員を借用していたのであつて、その営業は振わず、昭和二十九年一月始め頃には右会社の外約四十名の債権者に対し、合計約八百万円の債務を負担し、営業資金の金策に苦しんでいたのであつた。そこで被告人吉田は勤務先の会社が福富善治の営業に金融している関係もありその金策の相談に積極的に関与し、指示することもあつた。ところで右善治は当時手形三通で(但し債権者の名儀は息子の福富清吉)合計金五十四万八百二円を飲食店経営主の中村栄作に営業資金として貸与していたのであつて、右中村は高岡市源本町一丁目九十三番地に家屋番号同所九六番、木造瓦葺二階建本家一棟、建坪十七坪三合一勺、外二階十三坪六合六勺および附属建物を所有しているところから右善治は同年一月五日頃右中村に自己の窮状打開のために金策の援助を依頼し、中村所有の右不動産を担保として他人より営業資金を借り受ける諒解を得たのであり、そこで右善治は代書人古寺豊繁をして中村の署名のない未完成の金額九十六万円の抵当権設定金員借用証書(証第一号)を作成させ、右書面をかねて事情を知つている被告人吉田に見せ金策先の斡旋を頼んだのであつた。そこで被告人吉田は、右書面では金策の困難なることを指摘したのであつたが、更に善治が適当な手段をとる様に依頼したことから右依頼に応ずることとなり、代書人谷道博方において前記三通の手形債務又は右善治が金融機関から将来借用する金員の返還債務の不履行を停止条件として右不動産の所有権を移転する旨の契約に必要な書類として、売渡証書(証第二号)およびその他所有権移転登記申請に必要な委任状・印鑑証明書下附願等(証第三、第四、第九、第十六号等)数通分を右代書人谷道博方の事務員広上長次郎に作成させ、本件不動産の所有権移転登記を福富清吉宛にも又第三者宛にも行いうる様な譲渡担保契約成立に必要な署名未了の書類を右善治に交付したのであつた。そこで右善治は右書類を同月十八日頃同人宅において、中村に示して右事情を話し、中村の署名捺印を得、ここに本件不動産について前記手形債務又は福富善治が将来他より借入れるかも知れない金員の返還債務の不履行を停止条件として所有権を移転すべき旨の譲渡担保権が設定されたのであつた。その後昭和二十九年三月九日頃被告人吉田は、右善治に勧め、自ら委託を受けて代書人谷道博をして右清吉を買主とする不動産仮登記仮処分の申請手続をなさしめ、同月十一日執行したのである。しかるに同年同月二十六日に至り右善治は営業の不振と債務の支払に窮したため、遂に自殺するに至つた。そこで右善治の営業は継続の見込がなくなり同人の営業のため他より金員を借り入れる必要がなくなつたので、同年四月五日清吉と中村とは本件不動産についての譲渡担保は中村の清吉に対する前記手形三通合計金五十四万八百二円の手形債務の支払のみを担保するためのものであることを互に確認しその趣旨を記載した覚書(弁証第三号)を作成したのであつて、以上の事情は被告人吉田において清吉を通じて充分熟知するところであつた。従つて被告人吉田は、右善治の死亡により清吉に相続問題が生じた際最初清吉が限定承認を希望していたにも拘らず弁護士小原正列と相談の上、清吉に対し限定承認よりも清吉一人が全財産と全債務を相続した上で債権債務の処理を被告人吉田に一任した方が良いと勧告し、清吉は右勧告に従つて単独相続し、自己の全財産をもつぱら全債権者に配当する目的を持つてその処分を被告人吉田に依頼するに至つたのであつた。即ち清吉は昭和二十九年六月中旬頃被告人吉田に対し自己の全財産を信託的に譲渡し、これを前記勧告の通り全債権者に配当することを依頼し、同被告人は清吉の右依頼を引受けたのである。そして右譲渡にかかる全財産の中には前記合計金五十四万円余の手形三通の債権と共にこの債権を担保するための本件不動産についての譲渡担保権も含まれていたのであり、清吉は前記仮登記を抹消した上で右担保権を被告人吉田に譲渡したのであつた。
しかし右手形債務の支払期日はその中の二通が昭和二十九年四月二日で、一通は同年同月十八日であり、当時支払期日は経過していたが未だ支払のための呈示がなされていなかつたので中村は履行遅滞には陥つておらず従つて右手形債務を担保する本件不動産についてはその所有権は未だ中村に留保されたままで清吉にも移転していなかつたのであり、被告人吉田はこの様な状態のままの譲渡担保権を譲り受けたものであること、即ち先ず中村を履行遅滞に陥らしめた上でなければ本件不動産の所有権を取得し得ないことを充分了知していたのであつた。尤も被告人吉田は清吉の意図に反して清吉の全財産を勝手に自己又は自己の会社の債権の弁済だけに充当しようとの下心であつたので清吉が前記財産譲渡に際し、前記手形三通並びに本件不動産についての中村名義の譲渡書類一さいを含む全財産に関する書類を手交した時にも被告人吉田は、右手形三通だけはさり気なく清吉に返還して、清吉をしてその返還の意味を了解できないままにこれを持ち帰らせ、あたかも清吉が本件不動産の完全な所有権を被告人吉田に譲渡したかの様に体裁を整えたのであつた。以上の如くして被告人吉田は自己が譲渡担保権を有する本件不動産が被担保債権の期限未到来のため未だ依然中村の所有であるにも拘らず清吉より所有権移転登記に必要な書類の交付を受けていて手中に有したのを奇貨とし、本件不動産が前記会社に所有権を移転した旨の虚偽の移転登記をしようと企て、被告人田谷と共謀の上、前記各書類(証第九号その他)を利用し、代書人村本秋吉を通じて昭和二十九年六月十六日富山地方法務局高岡支局において同局係員に対し本件不動産が中村より前記会社に売渡された旨の虚偽の申立をなし、因つて同係員をして公正証書の原本たる不動産登記簿にその旨の不実の記載をなさしめ、即時同支局に備え付けさせてこれを行使し、
第二、被告人吉田は前記谷道博方において譲渡担保権設定のための書類が作成された際、同時に作られていた「印鑑証明書一通の下附を高岡市役所に申請し、これを受領する全権を委任する」趣旨を記載せる前記中村作成名義の委任状(証第十六号)一通が手中裡にあるのを奇貨としてこれを利用して、前記第一の如く前記会社所有名義に虚偽の移転登記がなされている前記不動産につき同会社を賃貸人とし中村を賃借人とする虚偽の賃貸借契約公正証書を公証人に作成させようと企て、昭和二十九年七月二日頃被告人両名共謀の上、先ず前記委任状を利用して、別個の委任状を偽造しようとして同委任状に訂正のための中村の捨印があつたのを悪用して、行使の目的を持つて情を知らない同会社社員沢田博をして、委任事項を全部抹消せしめ、前記不動産につき同会社と中村との間に締結せられた賃貸借契約に関する公正証書を作成するにつき公証人山本正太郎にこれが嘱託する一切の権限を被告人に委任する趣旨の記載をなさしめ、以つて右中村作成名義の委任状一通を偽造し、同年同月三日同市御旅屋町千三十三番地、公証人山本正太郎方において右偽造にかかる委任状を真正に成立せるものの如く装つて同人に提出行使し、前記不動産に関する前記内容の虚偽の賃貸借契約公正証書の作成を嘱託し、情を知らない同人をして前記会社と中村との間の不動産賃貸借契約公正証書一通(証第十四号)を作成せしめ、以つて公正証書原本に不実の記載をなさしめ、即時同役場に備え付けしめて以つてこれを行使し、
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人吉田知則、同田谷昌太郎の判示第一の所為は刑法第六十条第百五十七条第一項、第百五十七条第一項第百五十八条第一項罰金等臨時措置法第二条、第三条に、判示第二の所為は刑法第百五十九条第一項、第百五十九条第一項、第百六十一条第一項、第百五十七条第一項、第百五十七条第一項、第百五十八条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、判示第一の公正証書原本不実記載と同行使、判示第二の私文書偽造、同行使公正証書原本不実記載と同行使との間には順次手段結果の関係があるので刑法第五十四条第一項後段、第十条により、判示第一については公正証書原本不実記載行使罪の刑に従い、有期懲役刑を選択し、判示第二については、重い偽造私文書行使罪の刑に従い以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条により重い第二の偽造私文書書行使罪の刑に併合加重した刑期範囲内において被告人吉田知則を懲役一年に処し、被告人田谷昌太郎を懲役八月に処し、尚同法第二十五条第一項を適用して被告人両名を本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、押収にかかる主文掲示の委任状(証第十六号)一通は判示第二の私文書偽造罪の所為から生じたもので何人の所有をも許さないものであるから同法第十九条第一項第三号により偽造部分はこれを没収することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条により被告人両名の負担とする。
(無罪に対する判断)
(一) 尚検察官は判示第一の事実と手段結果の関係にある私文書変造、同行使の罪として、昭和三十一年十二月二十七日および昭和三十二年三月二十三日付起訴状において、「被告人等は共謀の上行使の目的をもつて村本秋吉を代理人とする登記申請の委任状(証第九号)を変造して、これを行使し」た事実を起訴しているが、前掲各証拠によれば元来右委任状の委任事項には「左記物件を売渡したるに付き、之が所有権移転登記を管轄登記所へ申請する全権」なる文言が記載してあつてこれに中村が署名捺印したものであり買主を福富清吉と限定して記載されたものでなく不履行により所有権移転の効果が発生したるときは、債権者又は同人の指定するものに適時本登記の出来ることを包括的に認容したるものであつて被告人両名は、これを「『寿陽相互株式会社に売渡し』たるにつき、これが所有権移転登記をなし」と『 』内の一部分を書き換えたものに過ぎず右委任状に押捺されていた中村の捨印は右の如き変更を許容する趣旨でなされていたものと見られるのであり、ただ判示の如く中村の債務不履行がない以上この様な記入をなすべきでないにすぎずかかる記入は所謂無形偽造に該当すると考えられるが私文書については医師の場合をのぞき無形偽造は処罰されないので結局罪とならない。
(判示第二の場合の委任状の偽造は印鑑証明書下附のための委任状を賃貸借契約に関しての委任状に書き換えたもので、全然委任のなかつた事項であり、又中村においても委任状を右の趣旨に変更することを許容していたと認められる証拠はなく、同委任状に中村の捨印があつても右の書換え行為は偽造である。)
(二) 次に昭和三十二年四月九日付起訴状の公訴事実の要旨は「被告人吉田は、昭和二十九年三月末日頃、寿陽相互株式会社の本店において清吉から同人が右会社外四十数名に対して負担する約八百六十万円の債務の弁済のために、同人所有の家屋を提供されたのを奇貨として右目的のため交付された同人名義の委任状を利用し、右不動産を福富から同会社が買受けたように公正証書を作成し、その所有権移転登記を経由しようと企て、被告人田谷と共謀の上(1)同年四月二日頃、公証人山本正太郎方において同人に対し、右不動産を福富から二百万円で買受けた旨の公正証書の作成を嘱託して情を知らない同人をしてその旨の不動産売買契約公正証書一通を作成し、同役場に備えつけて行使し、(2)同年六月十五日富山地方法務局高岡支局において代書人村本秋吉を介して右不動産につき売買を原因とする所有権移転登記申請をなさしめ同係員をして不動産登記簿に右不動産を福富から同会社が買受けた旨の記載をなし、即時同支局に備え付けしめて行使し、たものである」というにあり、いずれも公正証書原本不実記載、同行使罪にあたるというのである。
ところで押収にかかる証第十八ないし二十二号の各証によれば、右公訴事実記載と形式上は一致する事実を認めることは出来るが前掲各証拠によれば、前記判示第一事実において認定した如く清吉はその所有の全財産の処分を被告人吉田に一任したのであり、右公訴事実記載の所有権移転も実体的に有効になされるものというべく又公訴事実中記載の公正証書作成と登記簿登載も清吉の意思に従つてなされたものと認められるから右公正証書と登記はいずれも不実のものでない。
被告人吉田が右財産の対価を清吉の全債権に対する債務に充当しなかつたことが背任又は横領に該当するかもしれないことは別として、要するに右公訴事実は罪とならない。
よつて右(二)(1)(2)については、刑事訴訟法第三百三十六条前段により無罪の言渡をするが、右(一)については、前記のとおり判示第一の罪と刑法第五十四条第一項後段の牽連関係が認められるので、主文において無罪の言渡しはしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田善嗣 植村秀三 山中紀行)